チョコレートの歴史

チョコレートの黄金時代に突入!昭和時代に誕生するチョコレート菓子たちとは?

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もぐもぐ。そらじろうです。

 

スーパーの菓子コーナーではありとあらゆるチョコレート菓子が陳列されていて私達の目を楽しませてくれております。

でも有名なチョコレート菓子の殆どは何と昭和初期に誕生したロングセラーばかりなのをご存知でしょうか?

今回は昭和時代のチョコレートとはどんなチョコレートだったのか?昭和時代に誕生したロングセラーのチョコレートとは?どんなものか早速時代を遡ってチェックしていきましょう。
 

 

第一次世界大戦後に始まるチョコレート黄金期

第一次世界大戦

出典:ウィキペディア

第一次世界大戦は1914年から約4年間に発生した世界的な戦争で多くの犠牲者も生みましたが新しい兵器や技術なども同時に産んだ大戦争でした。

大変悲惨な戦争でしたが、その反面、技術革新を推し進めたということもあり、チョコレート製造の技術も同時に向上していくのです。

1918年から日中戦争が始まる1937年の間は各社チョコレート製品の開発、海外進出、それと同時に好景気に日本は湧いていたのでチョコレートの需要も一気に拡大していきました。

戦時中のチョコレートとは?

日中戦争が始まる1937年頃には輸入制限が敷かれるようになり、もちろんチョコレート業界にもその影響が届きます。

森永製菓も明治製菓もアジア圏に販売店や出張所を設けてチョコレートの輸出に力を入れて危機を脱しようとしたのですが、戦争が始まると正規ルートでのカカオ豆の輸入は不可能になり完全に途絶えてしまうのです。

もともとチョコレートは贅沢品でしたから戦争中に本物のチョコレートを食べることは出来なかったため、いろいろな材料でチョコレートの代用品を作ることになります。

例えばココアバターの代わりに大豆油やヤブニッケイ油などの植物油を使ったり、カカオ豆の代わりに百合根、イモ類、小豆など様々な材料がチョコレートの代用品として使われました。香りもバニラの香りをつけて何かとチョコレートに似せようとしていたんでしょうね。

砂糖も中々手にはいらない原料だったので甘味にはグルコース(ぶどう糖)を用いたりしておりました。そのためグル・チョコレートと呼ばれていたようですね。

溶けないチョコレートがあった?

お口で溶けて手で溶けないチョコレートが戦争中にあったということをご存知でしょうか?

今では手で溶けないチョコレートは一般的に販売されておりますが、戦争中にもあったのは意外でした。調べてみるとチョコレートを作る際にココアバターではなく融点の高い油脂を使用してチョコレートを作っていたようで潜水艦の中や東南アジアなどの高温多湿の中で食べられるように開発されたチョコレートのようです。

この他にも居眠り防止チョコレートや振気食(気を奮い立たせる食べ物)のようにアイディアチョコレートがどんどん開発されていきました。

ギブ・ミー・チョコレート!からチョコレート製造再開へ

ギブ・ミー・チョコレート

出典:毎日新聞

1940年から1950年の間、カカオ豆の輸入は止まったままで、その間は代用食としていろいろな材料でチョコレートを作って耐え忍んでいたのですが、1945年に終戦を迎えると進駐軍のアメリカ兵が持ち込んだチョコレートを見て本物のチョコレートの味を日本人は思い出すことになるのです。

「ギブ・ミー・チョコレート!」とは子供たちが呪文のように言っていた言葉でアメリカ兵が持っていたお菓子を子供たちがねだる際に投げかけていた言葉です。この「ギブ・ミー・チョコレート!」が終戦を迎えた日本を表す代名詞にもなっております。

チョコレート製造再開へ

進駐軍が持ち込んだチョコレートの味を思い出した日本人はチョコレート製造再開へ動き出します。

1950年ごろから輸入緩和となってきたためチョコレート製造再開へと動き出すのです。1952年には砂糖の自由販売となり、1960年にはカカオ豆の輸入自由化によって製造が本格的になります。

これにより国内のチョコレートの消費量が急増していくわけですが、依然としてカカオ豆の価格は高騰したままで何とか安くしようとココアバターの代わりに品質の良くない代用品を用いたり原材料の一部分を代用品に買えて安価なチョコレートを販売したりと値段の安いチョコレートも大量に出回りました。

しかし安価なチョコレートばかりがあったわけではなく、洋酒やアーモンド入りなどのチョコレートも作られるようになって消費者のニーズに合わせた多様なチョコレート商品が出てきます。

チョコレートのロングセラー商品も続々登場

私達が知っているチョコレート菓子は昭和初期に発売を開始したものが多く未だにロングセラーになっている商品もたくさんあります。

例えば明治製菓・アーモンドチョコレートもその一つで発売時期は昭和37年(1962年)になります。その頃はやっとカカオ豆の輸入自由化になった2年後にアーモンドチョコレートを発売するのですから、構想は既にあったのでしょうね。
明治製菓・マーブルチョコレートも登場したのは1961年(昭和36年)の頃です。チョコレートにカラフルな糖衣がけを施したマーブルチョコレートはテレビCMやアニメの効果もあって爆発的な人気となり社会現象にまで発展したチョコレート菓子です。こちらもロングセラーで商品に同封されていたアニメのシールも変わらず現在でもシールが入っているマーブルチョコもあります。

時代の背景とともにチョコレート菓子は進化を遂げております。例えばこの「アポロチョコレート」もアメリカの宇宙船アポロ11号の打ち上げ記念に作られたチョコレート菓子ですが、未だに人気商品となっており菓子コーナーでは必ず見かけるロングセラーです。登場したのは昭和44年(1969年)で形も当時のままですから、いかに斬新なチョコレートだったかわかりますよね。

キノコの山も大変な人気で現在も色々なバリエーションを持ったロングセラーチョコレート菓子になっております。こちらには兄弟菓子としてたけのこの里がありますが、どちらも人気できのこの山たけのこの里論争があるくらい人気を二部に分ける明治製菓の主力商品です。

どちらも美味しいチョコレートですが、登場したのは何と昭和50年(1975年)ですから、かなり昔から形が変わらないチョコレート菓子だったことがよくわかりますね。ちなみにきのこの山とたけのこの里に使われているチョコレートは微妙に違うらしいので食べ比べてみるのも面白いと思います。
 

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昭和のチョコレートのまとめ

様々なチョコレート菓子が誕生した昭和のチョコレートでしたがいかがだったでしょうか?

戦争がチョコレートを進化させたと言っても過言ではありませんが、平和な世の中では企業努力で美味しいチョコレートをたくさん生み出してほしいですね。

昭和という時代はチョコレート菓子とともに歩んできたことが今回の学習でよくわかりました。菓子コーナーでは子供向けチョコレートだと思っていた商品が、実は戦後の混乱期に前向きに頑張る日本人が生み出したチョコレート菓子ばかりだと言うことがわかれば食べ方も変わってくると思います。

食べている菓子はいつから日本にあるのか調べてみるのも面白いと思いますよ。ここまでお読み頂き誠にありがとうございました。
 

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